陶芸 屋久島日記

ヤスデが増え続けている。今朝、見回ったら家と工房合わせて、100匹。昨日、届いた着火バーナー

とスプレー式の殺虫剤の二刀流で退治する。バーナーは近所の人が使っているのを見て、

試してみることにした。炎が当たると、壁からぽたりと落ちるが、落ちた後も元気に歩いて

いるのもいて、落ち葉の中に逃げ込んだりすると、炎では火事になりそうなので殺虫剤に

切り替える。今朝は、だいぶ冷え込んできて、そうなると、ヤスデも活発に動き出す。家の周りの

ヤスデをやっつけるのに夢中で、ごつんと出窓の角に頭をぶつけて、脳震盪を起こしそうな

ショックを感じた。手でさぐると、瘤ができて一日中時々ズキンと痛む。今年はよく頭を何かに

ぶつけることが多いが、この前、朝の散歩で木の枝にもろに正面衝突したときを思い出した。

そのうち脳挫傷になりはしないかと、心配になる。

       10.31

やっと、今朝タマネギの苗を植える。台風で待たされて、すっかり黄色くなってしまった。

これで、果たして育つのだろうかと懸念しつつ。工房の横の側溝に落ち葉が溜まって、ヤスデの

巣になっているようで、スコップで浚って綺麗にする。そのあと、家の方の側溝にたまった

落ち葉も集める。外の野焼き窯に溜まってしまった、灰を掻き出して掃除する。結局。

今日一日、あちらこちらのクリーニングデイとなってしまった。なかなか制作には戻れそうも

ないみたい。

       10.30

台風は、朝方ほぼ無風状態になり、しばらくしたら逆の方からまた吹き出したので、ほぼ中心が

通過したことがわかった。小さくても台風。工房の前の街灯が壊された。昨日のうちにオブジェや

皿を片付けておいてよかった。畑の材料置き場のシートは剥がして、直接紐でくくりつけておいた

のだが、案の定、風で飛ばされていた。あの手のものは、ヨットの帆と一緒で、風に煽られると

、もろに受け止めてしまう。何にしても、今年はこれで終わりにしてほしいものだ。珍しく、

畑仕事にはまっているのだから、これ以上、いじめないでとお願いしたい。午後から、そろそろ

動かねばと、壊れた鍬の柄をすげ替えたり、道具類の手入れをする。結局、陶芸よりも、想いは

畑にむかっているみたい。

       10.29

小さくて、遠いはずなのに、結構風が強い。この台風、油断できないぞと、朝から畑の防虫ネットを

はがしたり、材料置き場のシートを外したり、工房のオブジェを片付け、雨戸を立てる。工房は

真っ暗。急に、仕事をしようという気持ちが失せてしまい、一日奥の休憩室で、ゆっくりする。

昼前に電話がなって、もう何十年ぶりか、昔の陶芸友達が、来月屋久島にくるので会いたいという。

声を聞いたら急に昔のことが思い出される。走馬灯のように。初めて個展を開いた時の2人展の相方。

引っ越しの時も手伝いに来てくれて、バケツを積み込んでいたら、そんなもの置いて自転車を

入れろと怒鳴っていたっけ。酒が飲めないで、すぐ青くなってぶっ倒れたり、普段おとなしいのに、

車のハンドルを握ると人が変わってしまったり、いろんなことが次々浮かんで来た。お互い還暦を

過ぎて、一体どんな姿になっているのか、恐ろしいような楽しみなような。だけど、縄文杉登山に

ゆくというから、案外うんと若かったりして。何にしても楽しみなことです。

       10.28

週末に向けて、またまた台風が接近中です。前回に比べて小ぶりとはいえ、同じようなコース。

小さいゆえ、進路が安定せず、どこを通るか読むことが難しいようです。最悪、直撃の可能性も。

まだ、キズも癒えてないというのに、容赦なしとしか、言いようがありません。もう一つ、ヤスデが

出没してきました。かみさんに言わせると、娘の誕生日から、あなたの誕生日ごろまでとのこと。

10月24日ごろから1月19日までだそうです、昨日は33匹、今朝は24匹工房にへばりついている

奴らを殺虫剤でやっつけました。これから三ヶ月も戦うのかと思うとうんざりします。早朝仕事の

継続のきっかけにはなると思いますが。今朝も、見回りをして、工房で仕事を始めましたから。

だんだん寒くなるとつい億劫になりがちですが、戦う相手がいれば、励みになるかもしれません。

       10.27

なんという日でしょうか。今日から、本職復帰と思っていたのですが、すんなりとはゆかない

ようです。電話に、メール、ファックスと待ち構えていたかのように、雑用が次々とやってきました。

いずれも陶芸関係ではあるのですが、ロクロに座るとリーン、また座れば車がバタン、おちおち

座ってられなくなってしまいました。どれも、かなり重要な内容ですが。まるで、この日を

待ってくれていたかのよう。仕事をしつつ、今後を考え、方針をまとめてゆこうと考えています。

       10.26

イーチ デイ。家族がそれぞれに。長男が病院、結膜炎らしい。次男はデイケア。家内は棚卸し。

一人残って、午前中は工房掃除。体験準備。午後1時の予約を待っていたら、明日と間違えていた。

午後は、離れとの間の植木鉢の撤去。体験工房の前の木を切ったり草を払ったり。11月に修学旅行生の

体験予約が入って、ここで昼食を摂りたいというので、天気が良ければ外、悪い時は離れを

使ってもらうつもり。外で食べる時、椅子の準備がないから、急遽、プラスティックのガーデン

チェアセットをネットで探した。その置き場を作るためにベランダの前を整理したわけ。ついでに

オブジェを置いている花壇の草を抜いていたら、ブロンズの彫刻を置いている木の台にシロアリ発見。

そろそろ、またシロアリが工房に出没し始める予兆か。気をつけないとたいへんなことになる。

だいぶ、秋めいてきて、制作には良い季節、明日から、ロクロに向かおうと思う。

       10.25

絵付けモードから、陶芸モードへと、すんなり移行できれば良いのだけど、そう簡単に切り替えが

効かないのが人間の性。というわけど、一呼吸置くために、今日は1日、外仕事をする。

まず、水道へ上がって、昨日置き忘れた鎌を取ってきて、畑に野菜の苗を植え、ちょうど良い

具合に雨が降ってきたので、しめしめと思ったが、どうもほんのわずかの降り。工房に降りて、

離れにつながる道と花壇の草取り。だいたい取り終えて、草払い機で仕上げ。工房の入り口の

前に積み上げていた、植木鉢の撤去。そんなことをしていたら、外国からのお客さん。聞けば、

ベルギーからだという。旦那さんは英語も全く通じず、でたらめなジャパニーズイングリッシュだけど、

奥さんがなんとか通訳してくれて、片言でやり取りする。歩いて、一時間ほどのところにある宿から

来てくれたという。奥さんの方が器をビューティフルと褒めてくれたから、こちらは 

ハブ グッドデイズと行って送り出した。一日、外を動き回ったので、心地よい疲れ。

だんだん気力も湧いて来て、制作への意欲も盛り上がってきた気がする。 

       10.24

木曜日以来、4日ぶりに病院へゆく。憩室炎の経過を診てもらうため。例によってかなり早い時間に。

採血、エコーと順調に終わり、あとは経過説明だけということで、診察を待つ。前の人が終わって、

次というとき、なぜか担当医師が診察室を飛び出してどこかへ足早で去ってゆく。それから延々と

戻ってこない。一時間ほどして、看護師さんがやってきて、先生は病室の方で急診が入って、

もうしばらく時間がかかりそうですという。それからまた一時間、やっと戻ってきて名前を呼ばれる。

あまり待たされすぎて、もう待ちきれず、我慢の糸がきれそうだったが、なんとか抑えて、

話を聞いて帰ってきた。経過は良好で、あとは自宅で抗生剤と食事制限で、様子を見ようという。

それにしても、なんと相性の悪い先生だろう。別に悪気があるわけではないのだが、巡り合わせと

言おうか、どうもタイミングがよくない。まあ、あとは気をつけながら、自己管理でなんとか

全快へ持ってゆこうと思う。午後は、台風の後始末。家の庭の木の葉や枝をカミさんと集める。

軽トラいっぱいを片付け、水道に上がり、畑の片付け。どこも、かなりの荒れ具合。あの台風が

いかに強かったか、思い知る。ろくなものを口にしてないのでお腹に力が入らず、なんとも情けない。

       10.23

お疲れ様でした。とりあえず、自身に向けてですけど。ここのところ、かかりきりだった、恒例の

年末仕事をなんとか終了できました。今日は、最後の追い込みと、3時前から工房で頑張りました。

ものすごい風で、あんなに遠くの台風からこれほどのエネルギーが出るのかと呆れてしまいました。

今シーズン最大の台風かもしれません。とはいえ、こちらは粛々と作業を進めて、午後3時、

ちょうど大好きな番組、山下達郎のサンデーソングブックを聴きながら、一人ガッツポーズを

しました。9月1日に手をつけてから、50日ちょっと。途中、憩室炎になったり、しましたが

終わってみれば、割と順調だった気がします。これで、やっと本来の仕事、器作りに戻ることが

できそうです。そのほか、やろうと思っていたことが山のようにあります。仕事ができなかったぶん、

頭の中には、アイデアが山のように渦巻いています。例年だと、いつのまにか、それが消えて

しまって、またダラダラいつものペースに戻ってしまうのですが、今年は、一つでも前に

進めたいと思っています。ただ、その前に、たまった体験作品の仕上げと注文品を作り終えての

話ですが。

       10.22

ポツポツ、雨が降る中、車で出かける。30分ほど離れた、園芸店へ。昨日のチラシで、野菜の苗が

半額という見出しにつられて。走るにつれて、だんだん雨脚が強くなる。お店は野ざらしなので、

傘をさしながら、目指す野菜の苗を探す。ブロッコリーにカリフラワー、それと白菜にキャベツなど。

どれも、タネをまいたが虫に食べられたか、芽が出なかったものたち。一つ100円だから半額の

50円はありがたい。ついでに、枯れてしまったレモンの苗も買う。八百屋も併営しているので、

当分、船が欠航になりそうなので、冷蔵庫にストックするものを買い足す。帰りは、かなり

雨がひどくなって、台風が接近していることを実感する。進路予想では、この後、だんだん

東に向かうということだが、超大型台風。雨風の被害が出ないことを祈るばかり。

       10.21

何故か、一昨日からメールが受信できなくなった。息子がいろいろ調べてくれたが、原因がわからない。

サーバーに直接ゆけばなんとか開くことはできるらしいが。そんな時に限って、ややこしいメールが

入って、頭を痛めている。正直、息子頼りで、自分からは何もできないので、対応を待つしかない。

お腹は相変わらずだが、昨日の晩から、おかゆを食べ始めた。少しずつは良くなっていると思うが、

かなり時間がかかりそう。カミさんの時は20日間、入院したから、長期戦は覚悟しているが。

ただ、今の仕事が大詰めに来てのこの停滞、道は平坦には進まないものだと思う。

       10.20

昨日1日、何も口ししないで、早めに横になったけれど、夜中に時折、かなり痛い思いをしたので、

朝一番で病院へ走った。後から来た、中学生の子が最初に呼ばれて、まあ仕方がないな、

学校もあるだろうしと、次に呼ばれて診察室へ入った。状態を説明して、余計かなと思いながら、

憩室炎のような気がするのですがと告げた。血液検査とCTとエコーを受ける。エコーの技師さんは

古くからいるベテランの人で、見習いを教育中。最初手際の悪い見習いに少しやらせた後、

自分と変わって、うーん、これは憩室炎やなと断定する。聞くと、教えてくれるので、ついでに

膵臓の嚢胞、脂肪肝についても教えてもらう。どちらも経過に問題なさそう。最後に、あれは

独り言だから、詳しくは医師から聞いてくださいという。ひどい憩室炎だと、手術や入院も

あるがこの程度なら、自宅療養だろうとも。最後に、点滴を受けて、水分補給だけで、検査の

結果が出たらそこでやめるかもという。点滴室で横になっていると、救急搬送の患者さんが

担ぎ込まれてきた。どこかの介護施設のお年寄りらしい人を、大勢の職員が取り巻いてやってきた。

それがなんとも、うるさい。横になっている他の患者さんたちだってそれなりに具合が良くないから

点滴しているのに、自分たちが連れてきた患者さんのことしか頭にないらしく、大きな声を出したり、

挙句は携帯で大声で話をしたり、医師もその世話にかかりっきりの様子。こちらは、もうすぐ

呼ばれますから靴を履いて待っていてくださいと言われて、時計を見たらなんと50分も待たされた。

診察室の前の待合所へ戻ったら、誰もいない。世話をしてくれた看護師さんも姿がない。せめて

一言声をかけて行って欲しかった。この歳になって怒ってばかりいると血圧が上がって寿命を

縮めると言われてるが、近頃、どうも、腹が立つことばかり起きる気がしてならない。お腹が

空きすぎて怒りっぽくなっていたのかもしれないが。帰りに、店に飛び込んで、ゼリーを飲んで、

なんとか空腹をしのがせる。早くよくならないと、体力失って、動けなくなりそうだ。

       10.19

ゆうべの夜中、お腹がキリキリ痛んで目が覚めた。手で探ると、右の下腹部。虫垂炎かなとも

思ったが、しばらく横になって様子を見た。すると痛みがひどくなった気がして、カミさんを

起こして胃腸薬を持ってきてもらった。それに、漢方の練り薬も溶いてもらって痛む所に貼った。

時計を見ると四時過ぎ。一時間ほどしていつもの散歩の時間には、だいぶ楽になったので、

散歩を済ませて、スムージーも作って飲んだ。さすがに畑には下りず、そのまま仕事場で

いつもの作業をする。ネットで調べたら、どうも虫垂よりも上の方らしく、結腸のあたりの

気がした。憩室炎というのがなんとなくひっかっかった。対処法として、とりあえず安静にして、

腸を空っぽにするのが良さそう。そんなわけで1日、食事を控えて、水分補給ぐらいで過ごした。

痛みは相変わらずあるが、場所が最初の頃よりもはっきりしてきた気がする。何も食べてないので、

力が出ないが、今夜はこのまま様子を見て、明日、病院へゆくかどうか考えようと思っている。

       10.18

午後仕事をしていると、突然、県の屋久島事務所の人がやってきて、看板を撤去しろという。

屋久島には土立て看板が多すぎるので、不法な看板を撤去することになった。ついては我が工房の

看板も県有地に立っているから一ヶ月以内に撤去しろとのこと。今まで40年以上、何も言われ

なかった看板を突然やってきて撤去はあんまりだと食い下がるが県有地はダメの一点張り。昔は、

町で屋久島焼の里という看板まで立ててくれたのに。土地の所有者に相談して立てたことを言ったが、

あそこは私有地ではないからと。当の所有者ももうすでに他界しているのだが。それではどうしたら

良いかと尋ねるとかなり、奥の方、それも大きな木を何本も伐採しないといけない。もちろん、

所有者の許可を得られたとしての話。それでは、バス停に小さな看板を営業時間だけぶら下げる

ことはできないかと聞くと、営利目的はダメ。もし、勝手にやったらバス停そのものを撤去

させるという。なんとも理不尽な話、40年あまりも放置していて、突然そのような命令を

出してくるとは。とても考えられない例え話まで口にした。おたくの土地に誰かが勝手に

看板を立てたら許せるかという。ちょっと例えが違う気がする。県の土地ということは県民の

土地でもあるわけで、我々だって県民の一人ではないのか。屋久島に看板が多すぎるから取り締まる

というのなら、県内の全ての土地を平等に取り締まってもらいたい。現在屋久島は、観光が大きな

財源になっているはず。どこかの目的地を訪ねるのに、なんの目印もなくなれば一体どうやって、

目的地にたどり着くことができるのだろうか。もし、見苦しいというのなら、看板の色や大きさ、

などを統一して、より素敵な雰囲気作りをするような前向きの施策が取れないものか。テレビなどで

外国の観光地の映像を見ると、壁の色を統一したり、屋根の色を同じ色にしたりと、その土地その土地

の特色を出すような努力が行われている。日本の町並みは、どこも同じで、商店街など、大手のどこに

行っても同じ顔ぶれの店舗が並んでいる。それ以上に昔から頑張ってきた個人商店が、どんどん

潰れて、シャター通りばかりになってしまった。国も県も弱い者をいじめて、かろうじて

頑張っている小さな庶民を潰すような行政を続けている気がしてならない。屋久島は、結構頑張って、

移住してくる人も多いと思うが、せめて、それぞれの人たちが目標を持って、前に進めるような

行政をしてほしいと思う。

       10.17

今日も扇風機を回しながらの仕事。10月も半ばを過ぎたのにこの暑さ。蒸し暑いのに、雨がない。

島でも、北のほうは大雨警報が、昨日は出ていた。それがこの辺りではパラパラ降っただけ。

畑はカラカラで、蒔いた種も芽が出ない。毎朝、如雨露で水をあげているけれど、焼け石に水状態。

なんとか芽が出たと思ったら、暑さで虫に食べられえてしまう。関東方面は、46年ぶりの寒さだと

聞くが。南の海上では台風が発生しているし、この地球の動き、なんとなく不吉な感じがしてくる。

雲に覆われた、空を見上げては、降らないなあ!、とため息の毎日が続いている。

       10.16

さつまいもの収穫を終えた畝を、耕運機で耕して、さて、次は何を植えようかと、考えていたら、

隣の庭の方から、カミさんが手招きをする。春に植えた、バラがひどいことになっているとのこと。

確かに、サースとアゲラタムに占領されて、姿が見えない。一株は、カミさんがなんとか救出したが、

葉は虫に食べられて丸坊主。茎が青いから枯れてはいないようだが。他の株を、記憶を頼りに探して、

なんとかかろうじて生きているらしいのを発見する。まだまだ他の場所のは時間がなくて探すことが

できなかったが、一株は完全に消えていた。気持ちが畑に行っていて、庭のことがおろそかに

なっていた。もう少し早くケアしてあげていればと反省する。家の前に植えたバラも、黒点病らしい

病気にかかっていて、昨日薬剤を散布したところ。できれば、農薬は使いたくないところだが、

枯らしてしまうのも耐えられず止むを得ず散布したわけ。バラは手がかかるとは聞いていたが、

思った以上に難しい。家の壁を覆い尽くすバラをイメージして植えたけれど、はるか遠い夢で

終わりそうな気もしてきた。

      10.15

昨日、里芋を試し堀をしてみた。ちょっと小ぶりで、孫芋はついてなかったが、食べごろの

小芋がついていた。早速、大根と煮付けたのが晩の食卓に出てきた。きめが細かくて、柔らかい

上等な味で評判は上々だった。もう少し経てば芋も大きくなるかもしれない。先日掘った

サツマイモといい、初挑戦としてはかなり頑張ってくれている。しかし、全くダメだったものも

あるわけで、山芋は全くダメで、生姜も育たなかった。特に、生姜はなんとか育てたいと、

何度も挑戦するがこれまで全敗。近所に、見事な生姜を育てて、おすそ分けしてくれる人が

いたが、生きてるうちに育て方のコツを聞いておけばよかった。昨日の新聞チラシに、園芸店の

秋野菜の苗入荷という文字を見つけた。余程、買いに走ろうかと思ったが、ぐっとこらえた。

仕事がだいぶ先が見えてきたし、自分で蒔いた種の結果も見えてないから。今日あたり、

島の北部では大雨が降ったらしいが、なぜかこの近辺は降ってこない。一雨あれば種も

芽を出してくれるかもしれない。こればかりは、天の神様しだいということになるが。

      10.14

異様な暑さが続いている。畑仕事も戸惑うことばかり。大根のタネを蒔いても、虫がほとんど

食べてしまうから、芽が出てくれない。里芋の試し堀をしたら、小ぶりの芋がついていたが、

まだまだ葉が青々しているから、収穫には早そう。庭の草取りをしていたら、頭をかすめて

スズメバチが飛んできた。威嚇されている。じっと動かないでしばらくしてからそーっと

移動して、難を逃れる。後で羽音がするところを探すと、シマトネリコの木の枝に、たくさん

集まっている。カメムシも一緒に。鹿児島ではカメムシの異常発生が話題になっていたが、

ここもかなり多い。セミが朝からやかましいほどないている。この時期にしては多くはないか。

あれもこれも、この暑さに関係しているのだろうか。異常気象という言葉は聞き飽きたから

使いたくはないが、地球が何かのサインを送っているのかも。本土では新燃岳が噴火したし、

北朝鮮の核実験もあったしなどと、想いを馳せるときりがないが。ただ一つ言えることは

地球は一つの生き物だということ。決して、人間の都合の良いようには行かない。もっと、

謙虚に生きないと大変なことが起きる気がしてならない。

       10.13

中国からの人達も、潮が引いたみたいに鎮まって、お客さんの足もすっかり遠のいた。そんな中、

午後工房を訪れたのは、地元ナンバーの人。こちらにお住みですか?、と尋ねると、今度お

店を始めるという。話をうかがうと、地ビールを製造販売するという。我が工房の器も使って

くれるらしい。今度小学校へ通い始めたお子さんがいる若夫婦とのこと。色々夢も聞かせて

いただく。そういえば、今日が島で最初のホットモットも開店だという。暖かい弁当を買って、

海で食べるなんて、ちょっと嬉しい。以前、手洗いボウルを注文してくれた、ヤマガラ屋さんと

いう名前のお店も、そろそろ始まる頃だと思う。最近、店を閉じるとか、島を出るという話が

多かったけれど、その反対に新しくこの島に夢を託して、チャレンジする人もいるわけ。

捨てる神ありゃ拾う神ありじゃないけれど、新しい風が吹き込んでくることにはワクワクする。

話をしているうちに、こちらにも、新しい仕事のイメージが湧いてくるから不思議だと思う。

ネガティブな気持ちを否定するわけではないけれど、前に向かう心を失ったら、楽しみも

半減してしまいそう。今度、ビール飲みにゆきたいな。その時誰が運転するんだろうか。

       10.12

工房に古いワゴン車が停めてある。8月に車検が切れて、廃車する予定の車。17年前に新車で

購入して、長い間頑張ってくれた。島外での個展にはシートを外してたくさんの作品を運んで

くれた。娘の高校時代には夜間学習の送り迎えにも役立ってくれたし、重い荷物もよく運んで

頑張ってくれた。息子からあそこに置きっぱなしにするの?と聞かれて、そろそろちゃんと

廃車にしないととは思っていた。今朝、思いついて、よし運ぶかと、エンジンをかけてみたら、

長いこと置きっぱなしにしていたにも関わらず、一発でかかってくれた。お隣の修理工場の

廃車置場はすぐ前、道を隔てた反対側にある。持ってゆく前に場所を確かめようと、エンジンを

かけたまま、見に行った。戻ってくると、なぜかエンジンが止まっている。あれ!っと、

思いつつ、もう一度キーを回すが、なぜかうんともすんとも言わなくなってしまった。

一体どういうわけだろう。よく、長く使った機械には情が移るというが、捨てられるのが

わかって、拗ねているのではと、一瞬頭をよぎる。島では、車を買った時は、祭りをするし、

廃車するときにも、焼酎とお米と塩を添えて、長い間の労をねぎらう。カミさんに話したところ、

私は手を合わせたという。どうも、合理主義者というか、そういう時の対応が、いつも、

まともでない我が身は、こういうときに思い知らされることにいつもなる気がする。何しろ、

死んでも葬式はするなとか、墓参りなんかもしないで良いとか、憎まれ口を日頃から叩いて

いるから。もし死後の世界があるとしたら、即、地獄行きだろうと思うのだ。偶然何かの拍子に

エンジンが壊れただけかもしれないが、一瞬、我が身の罰当たりさに心が痛んだことは間違いない。

       10.11

昨日の反動と申しましょうか、朝の四時前から筆をとって、調子が上がって、どこまでも

仕事ができるような感じで、一日手が動いてくれました。しかし、あまり調子に乗るのは禁物な

ようで、だんだん肩が凝り、背中が痛くなってきました。歳を考えて、無理はしてはいけない

ようです。畑は、今朝、ニンニクを植え付けました。わけぎの方は綺麗に芽が出て、雨が

降らないにもかかわらず、元気に育っているようです。毎年ダメにしていたのが嘘のようです。

どうも、ミニ耕運機がいい仕事をしている気がします。小回りが利くので、ちょっと雑草が

伸び始めると、除草を兼ねて走らせたり、他の野菜の収穫が終わったら、次の準備に耕運したりと、

よく働いてくれます。我が身の丈にあっているのだと思います。中古で手に入れたあの機械は、

まさに手足の延長のように道具として役割を十分に果たしてくれています。

       10.10

筆を置いて、本職の陶芸に戻る。釉薬を作ったり、釉抜きしたり、釉薬をかけたりという

窯の仕事。あまりにも、久しぶりなので、ひどく疲れる。途中で早く絵付けに戻りたいと

思ったほど。人間、慣れというものは恐ろしいと思う。つい、もともと絵描き志望だったの

だから、などと口をついて出るほど。絵付け作業の体勢に慣れて来ると、不思議とずっと

続けていたいと思ってしまう。だから、この仕事が終わると、きっと気が抜けるのだろうな。

ちょっと、島を離れて気分転換してみようか。まあ、その前にもうひと頑張りしないといけないが。

       10.9

いつまでも、暑い日が続いてます。10月も深まって来たというのに。工房の温度計は30度を

指していました。畑に蒔いた大根の種は芽が出たけれど、虫に食べられてしまいました。

もう少し涼しくなったら蒔き直さなければいけないようです。ここ数日、中国からのお客さんが

増えています。ここ屋久島にも国慶節の旅行者が来ているのでしょうか。レンタカーだったり、

ガイド付きだったり、中にはバスで来る人たちもいます。昨日は、そんな家族づれから、

お昼ご飯を食べるところを聞かれました。海中温泉近くのお店を教えたところ、お客さんで

満員で断られたと言われました。こんな田舎だから、そうそう、近くに食堂なんてありません。

お店でパンでも買うといいよと教えてあげたのですが。皆さん、積極的というか勇気があると

いうか、こんな辺鄙なところへもどんどんやって来るのですから。日本の治安が良いのと、

暮らす人たちの、正直なことで、安心してやって来るのでしょうか。それにしても、中国の

かたって、なんであんなに声が大きいのでしょうか。

       10.8

朝、畑の脇の資材置き場を、カミさんに手伝ってもらって修理する。夏に来た台風で壊されて

そのまま放置していたのを。修理といっても、パイプのアーチにかぶせていたビニールシートを

張り替えただけだが。ズタズタに破れたシートをはがして新しいのと張り替えたら、それだけで、

見違えた。実際、これで雨から道具も肥料も守ることができる。先日、立てた畝に得体の知れない

足跡を発見する。おそらく四つ足の動物だが、かなり大きい。シカかタヌキか犬か。歩き回る

というより、畝を横断して移動したという感じ。夜中に犬が吠えていたから何かいるなとは

思っていたが。鹿は近頃ほとんど見かけなくなったから、もしかするとタヌキかも知れない。

よく目撃情報を聞くし、実際に県道で車に轢かれているのも見たことがある。島に、新たに

いろいろな生き物が生息するようになった。流通が盛んになれば致し方ないとこだとは思うが。

タヌキもその一つ。おそらく誰かが持って来て放したのだろうが。島中を席巻している

サースは土とともに入って来て今や完全に覆い尽くされてしまった。ヤスデも同様。どうも

嫌われ者に限って退治するのが難しいらしい。まさに憎まれっこ世にはばかるだ。

あまり目立ったことをやって、人から嫌われないようにしないといけないなと思う。

      10.7

今日が本物の満月。朝の散歩道、黄金いろの見事な月がまだ沈まずに輝いていた。空は真っ青に

晴れ渡っている。スムージーを作るために、畑によってエンツァイを摘む。花が咲き始めたから

そろそろ終わりか。夏からずっと、スムージーの材料として頑張ってくれたが。昨日、

小松菜のタネを蒔いたが、しばらくは店で買った野菜を使うことになりそう。そして、

いよいよ、芋掘りを始める。5ヶ月の間に、随分ひろがった蔓を、根元で切って、畝からどけて、

根元を引っ張るが固くて抜けない。周りを手で掘って、芋の位置を確かめてスコップで掘り出す。

ためし掘りと同じで、馬鹿でかい芋が出てくる。茎の数を数えると10本。そうか、植えたのは

10本だったのかと、随分前のことを懐かしく思い出す。あれは日記で調べると4月の末のことだった。

収穫時期を考えるとはるか先のことのように思えたものだった。今、本で調べると、無肥料でも

収穫できると書いてあったのを、せっせと週一回、液肥を与えていた。きっと、ツルボケ気味には

違いないのだろうが、兎にも角にもでっかい芋ができたことに感謝したい。来年はもう少し

たくさん植えてやろうと、欲が湧いてきた。

       10.6

今朝、ドキドキしながらサツマイモの畝の端っこを掘ってみた。スコップでザクっとやると

重い手応えがある。恐るおそる手で探ると、大きな芋が手に触れた。引っ張り上げると。デカ!。

まんまると太ったサツマイモが三つついていた。あれ?、5,6個はついてるかなと思ったけど。

でも、実がなっていただけでもひと安心する。カミさんに見せると、大きいのにびっくりしていた。

次は味が心配になる。早速ラップに包んでレンジでチン。結構甘い。サツマイモは収穫してから

熟成させないと甘みが出ないと書いていたが、十分に甘い。嬉しくて、口元がほころぶ。

なんか、初窯の窯出し前のテストピースを出した時みたい。明日、天気が良ければ、芋掘りだあ。

       10.5

昨日は雨でできなかった、野菜の種まきの続きをする。ニンジンや菜っ葉、カブなど。

ごく浅い植え床を作って、タネを蒔いたら、土をかぶせて、棒っきれで押さえてから、液肥を

ジョロでかけて、べたがけシートで覆う。昔、隣のおばさんに教わって、作った時には、そんな

面倒なことやらなかった。タネだってバラバラ蒔いて、鍬の裏で押さえて、水もやらずに終わり、

それでも見事にワサワサと野菜が採れた。しかし、一人でやってみると、ほとんど芽が出なかったり、

途中で枯れてしまったり、まともにできたことがない。そんなわけで、本で読んだり、ネットで

調べたりして、なんとかやろうとすると、資材を揃えて、手間をかけて、それでもできるかどうか。

経験の重みを感じる。知恵と知識の違いも。簡単にやっているように見えても、実は大切な

ポイントをしっかり押さえていたのだと、今になってわかる。昔の人から、もっとちゃんと

学んでおけばよかったと思う。

       10.4

ヤクルトが記録を塗り替えている。負けの記録だけどね。何だか昔を思い出す。神宮球場の

外野の芝生に寝っ転がって応援していた頃を。岡田さんだったっけ。ペンキ屋さんの応援団長。

負けても負けても、めげずに応援していた。観戦していた、後ろの家族連れが、子供に

ヤクルトファンに悪い人はいないからね、と話していたのが聞こえてきて、何だか微笑ましかった。

お金もないからなかなか補強もできないけど。そういえば、今の球団ってIT系の企業が多く

なったよね。お金たくさん持ってるから。ものを作って稼ぐのは大変だし、日ハムはよくやっている

と思う。国政選挙も、どこへ入れたら良いか、困ってしまっていたけど、弱くても、

本当に愚直!!に頑張っているところを応援したいと思います。

       10.3

昨日の晩の食卓には栗ご飯が出て来た。秋の味覚に舌鼓を打った。おかずはサンマの開き。

こちらも子供の頃からの大好物。以前は屋久島では塩サンマか生のサンマしか売られておらず、

開き好きにはちょっと物足りなかった。ところが近頃は時々お店に出るというので、カミさんに

見つけたら買って来てと頼んでいた。本当に小さな身で何と一匹百円だったとか。それでも、

サンマの開きは開きだから大喜び。ところで栗はいくらぐらいしたのか聞いて見たら何と一粒が

百円だとか。サンマ一匹と同じかとちょっと考えてしまった。春に植えたサツマイモがそろそろ

収穫の時期になりそう。初めての挑戦なので、試し掘りをするのがちょっと恐ろしい気がする。

ワクワク、ドキドキ、もしちゃんと芋になっていたら、まずはご飯と一緒に炊き込んで、

芋ご飯にしてみたい。島では、昔ベッタイメシと言って、コメ不足の時代の飢餓救済食として

食べられていたという。だから、あれだけは嫌という人と、懐かしんで喜ぶ人と二つに

分かれるらしい。ちょっと甘いご飯と、塩干物は秋らしくていけると思うのだけど。

       10.2

昨日、銀行に勤めるお隣さんが、転勤の送別の品を買いに来てくれた。暦を見ると9月30日、

そうか、銀行では10月に転勤があるのかと思った。ラジオを聴いていると、やはり今日から

新しい番組が始まったりしている。かといえば、山下達郎さんの番組は、今日で25年目を

迎えたということで、お祝いのメッセージが送られていた。次は30年を目指して頑張りますと

言った後、70歳かと、一息ついたのが印象的だった。そういえば、我が屋久島ライフも

1972年の夏から始まったから、今年で45年ということになる。次は50年を目指して頑張りますと

言いたいところだけど、その時は72歳かと一瞬言葉に詰まる。若い頃、30歳で死ぬ、天才は

早死にするものだから、などとのたまっていたのが、いつの間にか生き恥をさらし続けて

この歳まで来てしまった。妙に、しんみりとした気分になるのも、秋ゆえだろうか。外では

ツクツクボウシがさかんに鳴き続けている。庭の萩が白とピンクの花をつけて、カミさんが

十五夜までもつかしらと心配している。遠くから、小学校の運動会の終了をつける祝砲の

ドンドンという音が風に乗って聞こえて来た。

       10.1

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